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べつに、なんともないの、よ。

途切れ途切れによみがえる声を聞きながら、目を閉じる。
静まり返った部屋の中で、僕は無意識にうつむいて、膝を抱えていた。

べつに、なんともないの、よ。

ほんの少し笑って、こっちを見ないまま、言った彼女の心は、あの時既に決まっていたんだろう。




嘘_side・B




仕事帰り、久し振りに会った友人にスノーボードに誘われた。
友人と、その彼女と、僕と、僕の彼女の四人で、長野へ行こうと言われた。
スノーボードは好きだったし、最近はほとんど行けていなかったから、僕はすぐに了解した。

「あぁでも、こっちの彼女は来ないと思う。運動嫌いって言ってたし、何か・・・人に会うの嫌がるんだよね」

僕の友達と一緒に、花火大会に行こうと誘った日も、僕の友人の結婚式の二次会に、出席しないかと誘ったときも、彼女はうんと言わなかった。
理由を尋ねると、彼女は困った顔で笑って、私そういうの苦手だし、とだけ答えた。
最初の頃は、引っ込み思案でインドアな性格の彼女のことだから、と納得も出来たけれど、回を重ねる毎にそれは不安に変わり、疑惑に変わった。
僕の友達に会いたくない?
それはどうして?

僕と、僕の周りを構成するものと、深く関わりあいたくない、から?

「お前の彼女って、誰も会ったことないよな。ホントにいんの?」

居酒屋のカウンター席で、焼酎を飲みながら友人が言う。
僕はなぜだがむきになって、強い口調で答えた。

「いるよ。写メ送ってやったろ」
「あぁーうん。美人な、あの子。見え張って通行人撮ったんじゃね?ってみんな言ってたよ」
「なんだよソレ」
「だって全然笑ってないじゃん、あの写メ。どう見ても隠し撮りだし」

笑いながら、また焼酎をあおる。
僕は言葉に詰まって、最近美味いと感じ始めた芋焼酎を少し口に含んだ。
友人に指摘されたとおり、僕の携帯に保存されている彼女の写真は、全て隠し撮りだった。
隠し撮り、といっても不意打ちでシャッターを押すだけで、彼女が写真の存在を知らないわけじゃない。
写真を撮られてと気付いたあと、彼女は毎回すぐに消去して、と眉を寄せた。
旅行に行っても、どこかに出かけても、彼女は写真を嫌った。
彼女の家に遊びに行ったときも、彼女の両親に挨拶する隙も与えてくれなかった。

「・・・・たまに、好かれてる自身がなくなるときは、あるよ」

ぽつりと言った僕に、友人が少し驚いた顔をした。
それからすぐに、僕にぐっと顔を近づけてくる。

「別れんの?ソレだったら俺に紹介して!」
「・・・・・・・死ね」

優しい言葉を期待していた僕が馬鹿だった。





「ねぇ、最近会えないね」

その日の夜、めずらしく彼女から電話がかかってきて、めずらしく彼女がそんなことを言った。
そのときの僕は、今考えれば、どうにかしていたのかもしれない。
今までの僕の我慢を全く理解していなかった彼女の発言が、なぜだか腹立たしくて、許せなかった。

「そんなに一生懸命、会いたいと思ってないよね?」

冷たく言い放った言葉に、彼女は黙り込み、それからただ、そうだね、とため息をついた。
なぜ、否定しないのか、問いただそうとして辞めた。
否定しないのは、僕の言った通りだからだ。
僕は頭の中がぐちゃぐちゃになって、そのまま電話を切った。

僕は、彼女のことが好きだ。
でも彼女は、本当に僕のことが好きなのだろうか。
確信がもてないまま、僕は友人と長野へ発った。

長野行きは、結局彼女には告げなかった。
友人の彼女は、僕の抱いている女性の理想とは大いにかけ離れていたけれど、気さくでイイコだった。
誰ともすぐに仲良くなり、明るく笑う。
僕の彼女とは、少し違う。
彼女はあまり笑わない。
僕の理解できない趣味を持っていて、海外の美術館に行くためだけに、パスポートを取ってきたりする。
昔の画家の名前を当たり前のように会話に挟んできて、それは誰?とたずねると、無表情でごめんと言う。
趣味の話をするときの彼女は、意味不明な言葉を発している点だけを除けば、とても楽しそうで可愛いと思う。
なにせ、笑顔だ。
彼女が笑うだけで、僕は嬉しい。

嬉しい、と純粋に、それだけを感じていられたのは、いつの頃だったか。




長野旅行の最中に、彼女からメールが届いた。
いつもの飾り気のない文章。
僕は長野にいる、とだけ返した。




久しぶりのタバコは、苦くて苦しくて、スノーボードも、楽しくなかった。





数日後、久し振りに会った彼女は、やっぱりいつもの無表情で、
だから余計に白い肌と長くて髪が、すごく綺麗だった。
作り物のような綺麗な横顔。
たまに笑う顔。
射るようにまっすぐ見る目。
よどみない言葉を吐き出す口。
いつもただ、本当のことだけを求める耳。
全部が綺麗で、大好きで、欲しくてたまらなかった、彼女。

「別に、なんともないのよ」

車の助手席で、彼女が言った。
僕は前だけ向いて、答えた。

「少し、距離を置こうか」

ずるいセリフだったと思う。
さようならと言ってやればそこで全てが終るのに、僕は最後の最後まで、可能性をつなげようとした。
彼女はめずらしく泣いていて、つられて泣いてしまった僕を笑って、ハンカチの代わりにティッシュをくれた。
そうだね、ハンカチを借りても、もう返すことが出来ない。



最後まで、君は冷静なんだね。



めずらしく笑って、泣きながら彼女はさようならと言った。
楽しかったよ、有難う、って。





暗く静まり返った部屋の中で、僕は何度もあの日のことを繰り返し、
どうやったらここから抜け出せるか、いつまでも、そればかりを考えている。






<了>