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見た目が好きだから購読している。
面白いかと聞かれると返答に困る。
もともと、明確な答えを用意して生きているわけではない。

仕事はバイトから流れで社員になった。
やりたい事は他にあったような気もするけど、今となってはもう関係ない。
日々やり過ごしてきた事を振り返る生活に、嫌気がさしたのは数ヶ月前。
考えるのをやめたのは、それからすぐ。
仕事はそれなりに忙しく、人間関係もうんざりするほど複雑で、おちおち気が抜けない。
だから瞬間、瞬間に気を張って、何とか保っていける。
逆に、やる事がないと辛い。
連休が続くこの二三日は、本当に生きている意味があるのか、とすら思う。
気がつけば、何もなくなっていた。
切り捨ててきたから仕方がないのかと、納得もした。

「美也さん」

となりで砂を掘っていた後輩が私を呼んだ。
何ヶ月かぶりに会う、高校時代の後輩だった。

「何?」
「貝殻、出てきました」

手についた砂を払い、白い貝殻を私に見せる。
後輩の名前は原田。下の名前は忘れた。
今朝いきなり電話が掛かってきて、高校の近くの海へ行こうと誘われた。

「・・・・奇麗だね」

私は煙草をくわえたまま、中途半端に笑った。
長い髪が風に巻き上げられて視界を狭くする。
原田は曖昧に笑って穴の中に貝を放り込む。また元通り埋めなおして、立ち上がった。

「美也さん、もう絵とか描かないんですか?」

さっきよりは、幾分近付いた声。でも遠い。

「何?どうしたの?いきなり」

私は振り返って原田を見た。
そう言えば、高校時代、私と原田は美術部に所属していた事を思い出した。

「私、美也さんの描く絵好きでした。尊敬してました」

原田は色が白い。ふっくらした頬に、小さなほくろがある。
ファンデーションを塗っても、解る。あの頃と同じだ。

「なんかあったの?」
「何もありません。ただ、もう美也さんは、絵を描かないのかなと思ったんです」
「・・・・描いてないね」

私の唇が、苦笑した。
原田はつ、と下を見た。黒い髪で、頬のほくろが隠れる。

「・・・・・私、美也さんに憧れて美術部はいりました。本気で絵が好きになって、美術大学まで通って・・・・」

風が強くなってきた。煙草の灰がぱらぱらと流されていく。
髪をかき上げて、煙草を吐き捨てる。踏み消した火を、原田はじっと見ていた。

「解らなくなったんです」

か細い声は、泣いているように聞こえた。

「私、どうしたらいいか解らなくなったんです。冷静に自分の将来を考えて、絵を描いて生活していくなんて、無理だと思うし・・・・」
「原田、就職相談は、私にするべきじゃないよね」

私の声は、自分が思っていたよりずっと冷たかった。
ぱっと原田が顔を上げる。
高校時代、原田の描いた絵を私が褒めた時も、彼女は同じような目をして私を見た。
子犬のように怯えた目。
愛されたくてたまらない目。

「私、美也さんに憧れてたんです。美也さんみたいになりたかったんです」
「なれっこないよ、原田。私にそんな事を言ってどうするの?私が諦めろって言えばいいの?私みたいになりなよって、言えばいいの?」
「・・・・・・美也さんにとって、絵って何だったんですか?・・・・私たちって何だったんですか?」

原田の言葉は、まるで私を責めているようだった。
見本にしてくれと頼んだわけではない。
原田と、人生観について語り合うつもりもない。
ただ、彼女にとっての私は、私が思っていた以上に、重要だった。
人生を左右するような、そんな大きな存在だったのだ。

「押し付けても仕方ないよ、原田」

喉が、潮風に枯れた。
原田は何も言わなかった。

「私はあんたを変えてやれないし、あんたも私を変えられない。原田、もうね、戻ってこないんだよ。・・・・過ぎちゃったんだよ」

この空白に、何も感じなくなったのはいつからだろう。
昇っていくは煙草の煙を辿るように、見上げる空は、まるで色のない昔の写真のようだ。
奇麗とはいえない海岸線、走るバレーボール部員。
重い油絵の具を抱え、毎日通り過ぎた道。
カタカタと木のパレットが乾いた音をたて、私はいつも、奇麗に絵の具を落したか不安になった。
良く使う色はブルー。
何度もその色だけ買いに行って、色々目移りしては新色をそろえた。
ケースに入りきらなくなって別の鞄を買って、絵の具だけを詰めた。
その重みが幸せだった。
毎日あきもせず絵を描いて過ごした。
この生活は、いつまでも私を充実させるものだと信じきっていた。
風が冷たいと、感じた。
まだ、寒いと表現するには早すぎる季節。

「美也さん、私、大学を辞めようと思うんです。働きながらお金をためて、お金が溜まる頃になってもまだ、絵が好きだったら留学しようと思うんです」

原田が、顔を上げて笑った。
引きつった笑顔だった。

「変われますかね?・・・・頑張れば、変われますかね、私・・・・」

泣きそうな声だった。それでも力強かった。
原田は、きっと。
今日ここで、区切りをつけるつもりだったんだろう。
幻想に程近い、私という存在に。

「・・・・・頑張れ」

精一杯の強がりで、私は笑った。

見た目が好きだから購読している。
面白いかと聞かれると返答に困る。
もともと、明確な答えを用意して生きているわけではない。

煙草の煙を辿るようにして見上げた空は、やはりいつもの空白だった。

〈了〉