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colorless child…
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新規採用とかで軍部に入ってきた新人は、はっきり言って礼儀が成ってない。 「ぬぁーにがルーキーだ、こん畜生」 上と下の歯で煙草を噛み、苦々しく吐き捨てる。 「大体上官様を何だと思っていやがる、あの小童ども」 開け放された窓から、時を告げる鐘が聞こえてくる。
「っだぁぁあああ―――!!てめェこのやろ!真面目にやり腐れ!!」 午後の日差しも穏やかなマゼンダ郊外。 「地図では比処っすよー?」 その声に長い金髪を後ろで一つにまとめた、愛すべき悪童・ルウィン・アークが顔を上げる。 「てめェ!軍人学校で何習ってきやがった!地図の見方もわからんのか!!」 彼の手から地図を乱暴に取り上げ、再び怒鳴る。小指で耳をほじりながら、ルゥークはやれやれとやる気無くその声を聞いていた。 「っあーあぁ、クッソだるー!」 リバのお小言を最後まで聞き終えて、わざとリバにも届く音程でぼやくルゥーク。 「てめェコラ!本気で殴るぞ小僧!」 そんなルゥークに、リバが大人気なく大声で怒鳴っている。 「教官、終わりました」 ぐるりと振り返り、怒気もそのままに命じるリバ。バァンは溜息を付きつつ他の面々を振り返った。 「なぁ、そろそろこの役、かわってやろうとか、思わんか?」 自分より遥かに年上の同僚は、掌をひらひらさせながら、笑っている。 「バァン、このおじサン何とかしてよー」 眉を八の字にまげて、自分の後ろに隠れたルゥークに、バァンは更なる貧乏くじを引かされる。 「誰がおじサンだ、てめェ!教官には最低眼のマナーっつぅモンがあるだろうが!あぁ!?」 教官のお小言に、われ関せずと顔を背けたままの友人と、そんな相手にも構わず、怒鳴り続けるリバの間に挟まれるバァンに、今日も救いの手は差し伸べられる事は無かった。
「あ、あそこ開いてる」 日頃の要領の良さで二人分の昼食を手に入れたルゥークは、既にもみくちゃにされているバァンを引きずって、食堂の一角に席を発見する。向かいに座らせて皿を渡すと、こちらを睨みつけているバァンを無視して、ルゥークは料理に手を付けた。 「あんまり怖い顔してるとそんな顔になっちゃうよー?」 憎憎しげにフォークを握り締めるバァンに、ルゥークが余裕のこもった笑みを吐く。友人の反応に更に視線を鋭くするバァン。ルゥークはいけしゃあしゃあと言ってのけた。 「比処は戦場だぜー。適を出し抜く為には、囮作戦くらい基本だろ」 飯を食いつつベー、と舌を出す。 「お前とはもう口聞かん!」 皿を持ち上げて出て行こうとするバァンの背後にルゥークのやる気の無い声が飛ぶ。 「何怒ってんのー」 ルゥークの声を聞きつけたのか、同期の軍兵が話しかけてきた。その後ろからは、彼と同じ班だと思われる若い男たちが、手に皿を持って付いて来ている。 「何でヨ」 空になった皿に、フォークを転がす。同僚は今までバァンの座っていた席に腰を下ろし、仲間たちは連れ立って近くに場所を確保していた。 (あのおっさんも嫌われてたんだなァ) うちの班最悪じゃん。と言葉にならない溜息を吐く。 「知ってるだろ、お前も。リバ教官の悪評」 曖昧に、やる気の無い相槌を打つ。目の前の男はそんなルゥークの態度に、むっとしたらしい。口の端に浮かんでいた笑みを、更に皮肉めいた物に代えた。 「確かお前の親父も比処で兵隊やってたらしいじゃん。良いヨなァ。お前等みたいに後ろ盾があると。親の七光りで出世できんだもんよ」 椅子の背もたれにふんぞり返って、仲間たちに視線を送る。それを見てか見ないでか、男たちは一斉に嫌味な笑い声を上げた。 「あーぁあ、クソだりー」 笑い声の中、ぼそりとルゥークが吐いた。彼の言葉に男たちの笑みが消える。同時にそこに浮かんだのは、鋭い怒りの色だった。 「調子乗ってんじゃねェぞ、ガキが!」 ニッコリと女好きのする顔で綺麗に笑う。男が立ちあがり、食堂のテーブルが大きな音をたてた。 「上等だてめぇら!泣かされて後悔すんじゃねェぞ、コラ!!」 珍しく、ルゥークの怒鳴り声が食堂に響き渡った。
「あーなんだ、うん。俺は今日ほど哀いと思った事はねェ」 半壊した食堂内で、正座させられている教え子を見下ろしつつ、リバは感慨深げに呟いた。 「反省は、してるよなァ?」 しゃがみこんで、リバはルゥークの顔を覗きこんだ。リバの顔には既に、怒りを通り越した殺気すら漂っている。 「…俺、悪くない」 正座した膝の上で拳を握り締めるルゥークは、押し殺したように膨れた声を出した。 「公共物破壊しといて悪くねェだぁ!?どう言う良識してやがるんだ、馬鹿野郎!!」 ついにルゥークの襟首を掴み上げて、怒鳴り散らすリバ。がくがく揺すられながら、ルゥークは必死にリバの腕を押さえつけた。 「死んだら人間終わりですー!いっぺんとか言う単語は不適切でしょー!?」 顔を真っ赤にして更にルゥークを強く揺する。されるままにしてルゥークは、はぁぁと溜息を付いた。 「自分に学が無いからって、部下にヤツ当りだよ、コノヒトは…」 リバの瞳の色が変わった。今度こそ情け容赦無い殺気が放たれる。 「落ち着いてください教官!幾らルゥークでも、殺したら殺人罪です!!」 叫び、教官をなだめる友人を余所に、ぼそりとぼやくルゥーク。バァンの説得が項を奏したのか、ルゥークはリバの腕から開放された。いきなり両手を離され、勢い良く床にしりもちを付く。顔をしかめた所で、バァンが駆け寄ってきた。 「ルゥーク、こんな事をしたのには、お前でも何か理由があったんだろう?」 半分瞼を下ろして、あさっての方向を向くルゥーク。一方バァンはバツの悪そうな表情を浮かべて口をつぐんだ。 「理由を説明するんだ、ルゥーク」 ルゥークは両目を閉じて、バァンから顔を背ける。そんな横柄な態度に、幾らバァンと言えど、臨界点を超えた。 「泣かすぞ、てめェ!!」 互いに互いの襟首を掴んで、ぎりぎりと睨み合う二人。この二人が喧嘩などおっぱじめたら、食堂など幾つあっても足りはしない。 「あーっ、コラ、やめねェか!!」 二人の間に割って入りながら、リバも怒鳴る。 「うるせェクソオヤジ!引っ込んでろ!」 緑色の瞳でルゥークがリバを睨めば、バァンが更に大声を上げる。 「あんたは関係無いだろ!!」 そう言われて思いきり突き飛ばされる。そろそろ大人と言えど、理性に限界が見えてきた。 「いい加減にしないか!!!」 リバが腰の獲物を抜きかけた時、もと食堂の瓦礫に、大声が響き渡った。
宿舎に戻ってからのバァンの落ち込み様は尋常ではなかった。尊敬して止まないガス・グレンに叱られた事が相当応えたらしい。 「怒られたくらいで落ち込むなよ」 大人に叱られる事など既に慣れっこのルゥークが、バァンのベッドでごろごろしながら、やる気無く慰めようとしている。ベッドの端に腰を下ろしていたバァンは、ちらりとルゥークを振り返り、一旦わざわざ目を合わせた上で、思いっきり顔を背けた。 「…どうしてそう言う可愛らしい事してくれちゃうかね、お前は」 あっさり挑発に乗って、起き上がるルゥーク。しかしバァンは振り向かなかった。 「何だよ、怒られたのは俺の所為かよ」 口を尖らせる友人にも、バァンは無反応だ。どうやら今度こそ、『口を聞かない宣言』を実行するつもりらしい。 「おもしれェ。何処まで耐えられるか、試してやろうじゃないの」 ニヤリ、とルゥークが意地の悪い笑みを浮かべた。そんなルゥークの思惑など、全く気付いた様子も無く、バァンは無言のまま立ちあがり、就寝具をまとめて部屋を出て行こうとする。返事がないことは解っていたが、ルゥークは一応、バァンに行き先を尋ねてみた。 「何処行くの」 ルゥークの声に、ちらりと振り返ったバァンは、やはり何も言わないまま、これでもかと言う力を込めて、扉を閉じた。 「はッ!上等だこのヤロー!後で後悔すんなよ!!」 バァンのベットに残った枕を投げつけて、反応が返らない扉をを恨みがましく睨みつける。
「…あの…?」 バァンが集合場所に現れた瞬間、その場の空気が硬直した。首を傾げて、理由を聞きたそうにしている彼に、意を決した様に班の最年長が歩み寄ってきた。そして、バァンの未だ成長し切ってない両肩に、掌を乗せる。ぽんぽんと上下させるその様は、まるで慰めているようだった。 「…あの…」 肩にあった両手でいつの間にか、手を握られ、同僚が辛そうに精一杯の笑顔をくれる。見れば周りに立っていたほかの班員達も、同じような表情を浮かべている。中には、堪え切れず嗚咽を漏らしている者すら居た。 「…あの…」 もしかしなくとも元凶である所のルゥークが、満足げにうんうんと頷いていたりする。バァンは物凄く不安になった。 「一体、何がどうしたって言うんですか」 ブ―――――! 同僚の同情するような言葉に、勢い良くバァンは吹き出していた。
何がどうしてこんな事になり腐ったのか、リバは自分の担当するバァン・シーナ・グレンの異動通告書を受け取り、表情を凍りつかせた。 「まぁ、なんだ。わざわざ直で指名されるなんざ、そうそうあるもんじゃねェからよ!自信持って行けや!!」 そこで一気に沈黙が流れる。 「あー…まぁ短い間だったが、おまえの上司として、一言言わせてもらうとだな」 コホンと咳払いをするリバ。バァンは顔を上げた。 「死ぬなよ」 リバの真っ直ぐな瞳には迷いが無く、それが冗談ではない事が痛いほど伝わってきた。 「…死なない程度に頑張ります…」 そう言ったバァンの言葉はもはや、神仏に捧げられる生贄のごとく、儚い雰囲気を醸し出していた。 「…ガス・グレン…あんた何してんですか、こんな所で」 自分と同じように窓の雨よけにしゃがみこんで、室内を覗きこむ上官は、一種異様な姿である。 「今回ばかりは悪ふざけが過ぎた様だな」 モス・グリーンの瞳を依然、部屋の中に投げてガス・グレンが言う。ルゥークは少し顔をしかめた。 「別に、バァンの事そんな風に思ってないよ」 笑っているものの、ルゥークの言葉は何時も以上に鋭い。静かに息を吐き、ガス・グレンは窓から顔を離した。 「…ルゥーク、一つ言っておく」 緑色の瞳で、ガス・グレンを睨みつける。 「人は笑いたい時に笑うものだ。腹が立った時に怒るものだ。…だが、周りを知れば知るほど、人間はそうする事が出来なくなる」 しゃがんでいた足を雨よけの外に投げ出し、逞しい腕を組む。ガス・グレンにならって、というか既に逆らえず、ルゥークも同じように窓に背を向けた。 「お前は、知らなくて良い事まで知ってしまった」 唇の端を吊り上げて、笑う。そうやって笑った自分が、昨日食堂で自分を嘲笑った男たちに重なって、更に怒りが増した。 「俺もバァンも、大人の道具じゃないんだよ」 姿を隠して盗み聞きをしていた事など忘れて、ルゥークがガス・グレンを怒鳴りつけた。苦々しく唇を噛んで、目の前の男に隠そうともしない殺意を向ける。 「…!!」 言葉にすらならない怒りが、身体中を駆けまわる。口惜しさに、涙さえ浮かんだ。 「どうしてあんたが!あんたなんかが同情する!!」 叫んで、立ちあがった。部屋の中の二人に見つかろうが、そんな事はもうどうでも良かった。 「俺をこんなにしたのは、あんた達だろう!!」 悲鳴のような声。 「おい!何やってんだこんな所で!!」 驚いてリバが窓を開け放つ。その視線の下に、ようやくガス・グレンを見つけて、リバは動きを止めた。 「…あんたまで、何やってンすか」 呆れ果てた顔で、ガス・グレンを見やる。そんなリバに、腕を組んだままのガス・グレンは一旦、うーんと短くうめき、 「食堂の修理費などの請求は、やはりお前にするべきか?」 真面目腐った顔で尋ねてくる。 「はぁ!?何言ってんですか!!幾ら責任者といえど、俺らの安月給知ってるでしょう!あんたも!!」 真っ青な顔をして言葉を失うリバ。ちっと小さく舌打ちして、ルゥークはひらりと近くの木に飛び移る。 「あっコラ待ちやがれ!!」 怒鳴るリバに一瞥をくれ、ルゥークはそのまま姿をくらませた。
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