私の一番欲しいものは、藤和の言葉。
私が一番欲しい言葉を、何の迷いも無く、見つけ出してくれるから。
今日も君はこの難問を、いとも簡単に解いて見せた。
エスパー張りの君の答えに、ハナマルをあげよう。
ハナマル
藤和と紅音・11
ぼんやりとした目で、白い天井に視線を滑らせた。
やがて視界は、沈みかけた夕焼けを切り取る窓と、それを背に受けながら、こちらを見下ろしている藤和(とうわ)の姿に行き当たる。
こんな物悲しい情景すら、綺麗と思い込んでしまう私は、相当彼に参っているのだろう。
普段なら、この火照った顔を見て、いたずら小僧のように笑うはずの彼の目は、今は冷たいくらいに尖っていた。
具合が悪い自覚は、あったのだ。
ただ、自分でも「倒れるほどに具合が悪い」自覚が無かった。
「あのね、紅音(あかね)ちゃん」
私の脇に挟んでいた体温計を奪い取り、藤和が不機嫌な声を出す。
「気絶なんて、初めてだよ。ビックリした。本当に記憶って飛ぶんだねぇ」
「あのね、紅音ちゃん」
藤和の声色に、とっさに早口でまくし立ててみたが、どうやら話題転換は失敗したらしい。
さっきより強い口調で、同じ言葉を繰り返す藤和に、私は口をつぐんだ。
夕暮れで、だいぶ気温は下がっているはずなのに、妙に蒸し暑い。
これはきっと、熱のせいばかりではないだろう。
「具合が悪いなら、無理せずに学校休みなよ。皆勤賞もらうより、体の方が大事でしょ」
眉間にしわを寄せたまま、あきれたような表情を浮かべる。
私は藤和の顔が直視できず、藤和の振る体温計に目を向けた。
薄暗くなり始めた保健室の中で、銀色のそれが光の線を描いている。
何だか目が回りそうになって、私は額を掌に埋めた。
とたんに、くらくらと視界が揺れる。
下を向いたのは失敗だったと思うより早く、藤和が、私の手に自分の手を重ねてきた。
「・・・・・冷たい」
「冷え性なもので」
いつもより若干低い、藤和の声。
顔を上げると、さっきまで私の掌が触れていた場所を、藤和が奪う。
既に体温は、その体温計で確認したはずだが、と言おうとして、やめた。
これ以上彼の機嫌を損ねるのは、得策ではない。
「つらい?」
私の顔を覗き込んで、藤和が言う。
色の白い頬は、夕焼けに照らされて、いつもより赤らんで見える。
背後からの日の光に透ける髪が、綺麗だ。
「どうせ、大丈夫って言ったら、怒るんでしょ?」
「どうせ、とか言う言い方は、嫌いだな」
ため息をついて、藤和が手を離した。
冷たいと思っていたはずなのに、その掌が消えた瞬間、私は肌寒さを覚えた。
藤和に触れられることに対する抵抗感は、日に日に薄らいでいる。
良いことなのか、悪いことなのか、いまいち判断に困るが、藤和は満足そうだったので、よしとしよう。
私はかける言葉が見当たらず、じっと無言で、彼の目を見上げた。
藤和は諦めたように、子供をあやすようなしぐさで、私の髪をなでた。
「紅音ちゃんは、卑屈なぐらい頑張り屋さんだから・・・・たまに辛い」
「ごめん」
「・・・・謝るところじゃないから」
とっさに出た謝罪に、藤和が、がくりと肩を落とす。
無意識に、必要以上の努力をして、一生懸命になりすぎる自覚は、ある。
それを、藤和が面白く思っていないのも、知っている。
「無意識なんだ。・・・だから、ごめんね」
けれど全部、無意識にやってしまっていることだから、抑制が効かない。
それを見て、辛いと思わせているなら、それは私の過失だ。
藤和の掌が、耳の横をすべり、毛先に落ちる。
藤和は笑っていたけれど、とてもさびしそうだった。
「・・・・頑張らない、努力をしようと思うよ」
「それって、すごい矛盾してない?」
熱のせいで、上手く回らない思考回路で、ようやく言葉を捜す。
私の毛先をもてあそびながら、藤和が苦笑した。
「あのね、紅音ちゃん」
静かな声になって、藤和が私を呼ぶ。
誘われるように見上げた先には、予想外の近さに藤和の顔があった。
「俺は、一生懸命な人、好きだよ。でもね、無理をして他人の役に立とうとしなくてもいいよ。
我侭でも、面倒くさがりでも、俺は紅音ちゃんのこと、嫌いになったりしないから」
ね、と問うように、藤和が首を傾げて見せる。
子供みたいな無邪気な顔で、笑う藤和をぼんやり眺める。
解るはずも無いのに、掌の熱が髪を伝って、私を包んでいるような気分になった。
「・・・・藤和は、すごいなぁ・・・・」
「そりゃぁ、紅音ちゃんの彼氏やってるくらいですから」
得意げに笑う藤和に、自然と私も笑みがこぼれた。
私の一番欲しいものは、藤和の言葉。
私が一番欲しい言葉を、何の迷いも無く、見つけ出してくれるから。
今日も君はこの難問を、いとも簡単に解いて見せた。
エスパー張りの君の答えに、ハナマルをあげよう。
<了>
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