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青い空が窓の外に広がっている。
抜けるような空、というのは、こういうのを言うのかもしれない。
人気もまばらな図書室で、ぼんやり空を眺めていたら、藤和(とうわ)に邪魔をされた。

 


 


オベンキョウ
藤和と紅音・4

 


 


画面いっぱいの藤和の笑顔に、私は暫く言葉を考えて、結局何も言わずに溜息をついた。

「紅音(あかね)ちゃん、感じ悪いよ」

笑顔のまま、ピクリと眉だけ引きつらせて、藤和が私の前に腰を下ろす。
図書室に設置された机には、端の方に上級生と見られる女性徒が一人、座って本を読んでいる。

「勉強中なんですけど」

私は小声でいった。
藤和は私の視線に気付いたのか、私と同じように少し離れた場所で読書をしている女生徒をちらりと見て、それからまたこちらを向いた。

「奥の席行く?」
「や、私勉強中なんで、邪魔な藤和さんだけあっちに行って下さい」

藤和の提案をきっぱり切り捨てた私に、また藤和がすねた子供の顔をする。
もう直中間テストだというのに、私はコノヒトがきちんと勉強している姿を見たことが無い。
それを指摘するとまた、普段からしっかり授業を受けていれば、直前になって勉強なんてする必要はない、とか言われるので言わない。

「今日ね、知らない女の子から告白されたんだ」

膨れっ面の藤和を無視していると、藤和は私とノートの間に割り込んで、そう言った。
私はシャーペンを握ったまま、歪んだ文字と、無邪気な顔で私を見上げている藤和を睨みつける。

「そう」
「あ、感じ悪い」

一言の感想に、藤和が最近覚えた言葉を繰り返す。
何気なく私が藤和に言った、感じ悪い、という表現を、何故だかこの人は気に入ってしまったらしい。
事あるごとに繰り返される台詞に、いい加減うんざりする。

「感じ悪いの藤和だから。邪魔ですよ、邪魔すんなよ」
「付き合ってる子居るからゴメンねって言ったら、自分の方がその子より藤和君が好き!って言い出してねー」
「聞こうよ、人の話。つーか、その話題に乗る気、ないからね?」
「どれ位すきなの?ってためしに聞いたら十個くらい理由言われてさ。すごいよねー。あの子、俺より俺のイイトコ知ってるんだよ」

ためしに聞くな。
そして答えさせるな。
よく十個も上げられたな、その子も。

「でもなんだかね、その子の言う俺のイイトコロって、ぜんぜん俺に当てはまらない感じなんだ」

窓からの光を背に受けて、藤和が複雑な顔で首を傾げる。
以前、藤和が言っていたことを思い出した。
世界の中で、自分が一番嫌いだと、嫌にあっさり言われて、驚いた。

 

確かに、藤和の性格はイイトコロばかりではないと思う。
けれど、心底嫌うほど、酷い人間だとも思えない。

なんて、自分も自分を嫌っている、私の言えた科白ではないのだけれど。

 

「ねぇ、紅音ちゃんは言える?十個」

身を乗り出して、藤和が言った。
藤和の目は私に、回答を期待していなかった。
私は少し間を置いて、藤和が再び喋り出すのを待った。
藤和は予想通り何も言わず、背もたれに体重を預けるようにして身を引くと、顎を反らして、ぐったりと窓の方を向く。

 

青く、抜けるような空。
眺める藤和は、力なく椅子にもたれかかっている。

 

私はそんな藤和を眺めながら考える。
この人の何を好きだったかを考える。
しかし頭の奥の方にある、ぼんやりとしたそれを、的確に表現する言葉が浮かばない。

 

藤和は頭がいい。
いろんな言葉を知っていて、語学に堪能だ。
性格は我侭だが、悪くはない。
素直で優しいところもある。
声が奇麗だと思う。
背が高くて羨ましいと思う。
目鼻立ちが整っていて、たまに本当に日本人か、と疑う事がある。

 

ただ、それが私が藤和を好きな理由であるか、と聞かれると、必ずしもそうだとは言えない。
ぼんやりと頭の奥に、体の奥にある、この不確かなものと同じかと聞かれると、違うとしか答えられない。

 

やはり明確な答えは、用意できない。
どうやら、藤和もそれを望んでいない。

「そう言うものじゃ、ないと思うんだよね」

窓を眺めたまま、藤和が言った。
私は仕方なくシャーペンを置いて、藤和に向き直った。

「どれ位好きとか、理由がどれだけあるとか、なんか、違うんだよね。多分」
「十個も言わしといてそれですか」
「まさか十個も言われるとは思わないもん。いや、実際答えると思ってなかったから聞いたんだけど」
「言われてどうなの?」
「面白かった」

最低だね、あんた。
思わず出かかった言葉を、必死に飲み込んだ。
藤和は机に両肘を突いて、いつもの無邪気な顔でにっこり笑う。
警戒していると、予想通りの言葉が飛んできた。

「紅音ちゃんに俺の好きなとこ、十個言われてみたい」
「や、無理。十個も無い。つーか、そう言うの違うって、今おっしゃいましたよね?」
「言えないかー。そーか、紅音ちゃん頭悪いから、十個も単語知らないよね」
「感じ悪いよ、藤和。あんただって十個もいえないでしょ」
「俺は頭いいからいえるよ。言って欲しい?」

・・・・欲しがると思うか、私が。

藤和の笑顔が、子供っぽい無邪気な顔から、試すような笑顔に変わる。
私はわざとらしく目を反らし、いつの間にか席を外していた女生徒に気付いて、溜息をついた。
依然笑顔のままの藤和に、少し考えてから、聞いた。

「結局、何?自分はモテて、頭が良いって言いたかったのかな?」
「うん。だから紅音ちゃんに、勉強教えて、ってお願いされたい」
「ぜってーしねー。邪魔すんな、どっか行け」

ニコニコしながら言う藤和の提案を、きっぱり拒否して、再び教科書に向き直る。
藤和は膨れた顔をして、それから私が無反応なのを確認して、また何か違う話題を探し始めた。
どうやら私が、藤和に勉強を教えて、とお願いするまで、この妨害は終わらないらしい。

 


青い空が窓の外に広がっている。
それを背に、楽しそうに藤和があれやこれやと話をしている。
私はそんな藤和を眺めながら考える。
この人の何を好きだったかを考える。
しかし頭の奥の方にある、ぼんやりとしたそれを、的確に表現する言葉が浮かばない。

 

私は暫く考えて、馬鹿馬鹿しくなってやめた。


そんなものを挙げられたところで、結局何もかわりはしないのだから。

<了>