私の脳にはアンテナが生えている。
その特殊なアンテナは、彼の目から、表情から、からだ全体から発される電波を、逐一拾い取る。
常に貴方の周波数に合わされたままのチャンネルは、今も貴方を探している。
ラヂオ
藤和と紅音・10
放課後、いつも通り生徒会室には藤和がいた。
がらんとした室内に、彼以外の人間はいない。
会長専用デスクに突っ伏していた藤和は、私が扉を開いた音に、少し驚いたような顔で起き上がった。
とろん、とした目は、眠そうと言うより、具合いが悪そうに見えた。
「どうしたの、藤和」
定位置に鞄を下ろしながら言った私に、藤和は答えようともせず、おもむろに携帯電話を取り出す。
不審に思うより早く、私の携帯が藤和からのメールを受信した。
『風引いて声が出ない
』
ご丁寧に絵文字つきだ。
男の癖に、キラキラしたメール打つんじゃないよ、と思わず出かかった偏見をなんとか飲み込む。
藤和のメールは、たまに女の私が打つメールより可愛かったりするから、嫌だ。
携帯画面を見下ろしたまましばらく無言になっていた私に、何か不満を持ったらしく、すぐさま次のメールが届く。
どうせ、子供みたいにムキになって、嘘じゃないよ、とか言うんだろう。
『嘘じゃないよ
本当に声が出ないんだよ
』
予想通りにも程がある文面に、なんだか力が抜けた。
改めて藤和を見れば、興奮したからか、具合いが悪いからか、微かに頬が赤い。
「どうせ夜更かしでもして風邪引いたんでしょ」
いつもより弱って見える彼が少し心配になって、私はわざとからかうような言葉を選ぶ。
すると藤和は、思った通り、むっとした表情を浮かべ、また携帯を構えた。
「紅音ちゃん、感じわるい、でしょ?」
メールをうち終わるより早く、藤和の携帯を指先でこちら側に倒しながら、言う。
ディスプレイには、私の言った通りの文字が並んでいた。
藤和の色素の薄い目が、私をじっと見上げている。
それはだんだんと緩み、満足そうな笑顔を作った。
不覚にも、その綺麗な笑顔にみとれていた隙に、新たなメールが私の携帯を震わせる。
『
送る必要ないかもね
』
「いやいやいや、会話に手抜きすんなよ」
私の返答に、藤和が眉を寄せた。
どうやら解読に失敗したらしい。
藤和はデスクに頬杖をつき、しばらく何か考えるような仕草をする。
私の誤解を解くための言葉を探しているのだろう。
なかなかニュアンスが難しいようだ。
「無理に会話しようとしなくていいよ。からだ辛いんでしょ?」
デスクから離れようとした私に、藤和が慌ててすがるように手をのばす。
私は、そんな子供みたいな反応をする藤和がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「ちょっと休んでなよ」
握られた手を見下ろしながら、自然と穏やかな声が出る。
それでも不安そうな顔のままの藤和に、私は言った。
「大丈夫だよ、置いて帰ったりしないから。書類の整理が終わったら、起こしてあげるよ」
藤和は、私の言葉を聞いて、ようやく安心したように手を離す。
それから、今日は珍しく素直に私の言葉に従った。
大きな背持たれに体を埋めるようにして、目を閉じる。
藤和の白い瞼、微かに荒い息。綺麗な藤和。
額に触れると、確かに熱がある。
ああ、なるほど。
席について、ファイルを開いたところで、ようやく理解した。
メールも、言葉も、必要ない。
私のアンテナは、藤和の目から、表情から、からだ全体から発される電波を、逐一拾い取る。
「メール送る必要、ないかも…ね」
藤和の寝顔を眺めながら、小さく呟いた。
藤和は深い呼吸を繰り返し、穏やかな顔で眠る。
きっと、彼は私の脳に生えたアンテナに気が付いたんだ。
<了>