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チカチカと光が瞬いている。
信号だ。
私にしか読み取ることのできない信号だ。
あれを発しているのは、誰だろう。
私だろうか。
それとも貴方だろうか。
ああ、もうはじめから、境界線などなかったのだ。
どちらでも構わない。差異などない。




サイン
藤和と紅音・6





ゆっくりと日が陰って行く。
電気を付けようかと立ち上がりかけたとき、教室に誰か入ってきた。
藤和だ。
開けっ放しの扉の横で、いつもより余計に時間をかけて笑顔を作る。
見えすいたつくり笑顔を浮かべて、私にそんなこと、もうばれてるなんて、知ってるくせに。

「そんな暗いところで本なんか読んだら、目が悪くなるよ」

細い藤和の指が、パチパチと電気のスイッチを入れていく。

「付けようかと思ったら、藤和が来たんだよ」

本に視線を戻しながら、私がそっけなく返す。
チカチカと数回瞬いて、教室内が黄ばんだ蛍光灯の光に満たされる。
けれど藤和の笑顔は、陰ったままだ。
見なくても解る。

無言の信号が、チカチカと瞬いている。

「一緒に帰ろう。紅音ちゃん」
「もう少し待って。キリが悪いの」

今日図書室で借りたばかりの本は、思っていたよりずっと長く、気難しい文章がつらつらと並んでいて、果てを見失いかける。
こんな風に大なり小なり、色々な場所で迷いかけた私を、一番に見付けるのは、いつも藤和だった。

「紅音ちゃん、あのね」

危うく沈みかけた私を、穏やかな藤和の声が引き上げる。
いつの間にか私の隣に座っていた藤和が、こちらを見ている。
私は黙ったまま続きを待った。

「今日またなんか怒られちゃって…」

笑ったまま気の抜けた声で、藤和が要点を省いた、不完全な言葉を溢す。
詳しく話そうとしない藤和に、私も深く説明を求めない。
こういうときの藤和は、ただ事実を話したいだけで、理由を聞いて欲しい訳ではない。

「なんでかなぁ…悪いことした覚えないんだけどねぇ…」
「なんでかねぇ」

藤和の口調を真似て、返す。
少しおかしそうに藤和が笑った。

まるで時間が止まってしまったような、穏やかな空気の中で、しかし、奥の方で確実に信号は速度を増し始めている。
チカチカと繰り返し、瞬く。
目眩を覚えるほどの、速度で。

他人の描く「藤和」と言う人間と、私の知っている藤和はまるで別人と言っていいだろう。
藤和は、自分を表現することが苦手な反面、他人の思いを読み取る力にたけている。
他人の理想を、忠実に再現する能力を持っている。
けれど、藤和は決して完璧なわけではない。

「気が付くといつも」

信号が、速度を増していく。

「違う自分が居て」

藤和の長い睫が、黄ばんだ蛍光灯に照らされている。

「一生懸命笑ってるんだ」

うつ向いたままの藤和は、それでも、緩く笑っている。

泣きそうな顔をして。
無理に笑って。
私にそんなこと、とっくにばれてるなんて、知ってるくせに。

チカチカと信号が瞬いている。
私は、泣き出しそうになるのを必死に堪えて、笑った。
彼等の思い描く私は、きっと、こんな所で泣くほど弱くない。
皆が想像する理想の藤和は、私にすがって泣いたりしない。
だから私たちはいつもこうして笑って、互いに、二人にしか聞こえない信号を送りあう。

「一緒に帰ろう、藤和」

そう言った私の頭を撫でて、藤和がようやく落ち着いたように息をつく。
穏やかに細められた目を、私はじっと見上げていた。



チカチカと光が瞬いている。
信号だ。
私にしか読み取ることのできない信号だ。
あれを発しているのは、誰だろう。
私だろうか。それとも貴方だろうか。

ああ、もうはじめから、境界線などなかったのだ。



どちらでも構わない。
差異などない。



<了>