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白い小さな箱の中に、白いクリームとピンクのムースで飾り付けられた、可愛らしいケーキが収まっていた。
素手で取り出して、そのまま一口頬張る。
そう言えばケーキなんて、久し振りに食べた。
しかもこれは、スーパーのコージーコーナーで売っているような安物ではない。

「紅音(あかね)ちゃん、何でそんなもの食べてるの?」

両目を閉じて高級ケーキを味わっていた私を見下ろして、藤和(とうわ)が不思議そうに首を傾げていた。

 


 


誕生日
藤和と紅音・2

 

 

8月12日は私、中野紅音の誕生日でした。

「ぇえ!?なにそれ、知らない!」

ケーキの理由を答えた私に、生徒会長専用のデスクから身を乗り出して、藤和が絶叫した。

「や、まぁ、言ってませんし」

残りのケーキを丁寧に箱にしまいながら、私は答える。
これは持って帰って家で食べよう。
前に藤和がくれた紅茶がまだ、家に残っているはずだ。
多分、あれと一緒に食べた方が美味しい。

「紅音ちゃん、俺のこと無視?」

デスクに両腕を突き出して、伸びるように上半身を乗せている藤和が、上目遣いで私を睨む。
私はそんな藤和をちらりと横目で見て、奥に押しのけていたファイルを引き戻した。

「もーいーじゃん、誕生日夏休み中で、藤和いなかったし」
「知ってたら出かけないよー!夏休み入る前に言っとけばいいじゃん、何で無視なの?」

無視ってなんだよ、無視して無いだろ、別に。
溜息をついて、今だデスクの上で膨れている藤和に向き直る。
私の性格を知っていて、自分の誕生日がいつだとか、何が欲しいとか、言えるとでも思っているんだろうか、この人は。

「今知ったんだからいいでしょ、中野紅音の誕生日は8月12日。はい、覚えたね?」
「・・・・・何が欲しい?」

眉間にしわを寄せたままの藤和から、警戒していたセリフが飛び出す。
私も何故だかつられて不機嫌顔になって、大きな溜息を吐き出した。

「別に、無いです」
「そのケーキ、誰からもらったの?他の人は何かくれた?何くれたの?誰から?」

短く返した私に、藤和が一気にまくし立ててくる。
なぜそんな事を聞かれて、しかも答えなくてはならないのか、私には皆目見当がつかない。

「・・・・紅音ちゃん、性格悪い」

黙って藤和を睨みつけていると、不機嫌顔から叱られてすねた子供の顔に変わって、藤和がボソリと私に悪態をついた。

 


日比谷藤和の誕生日は、12月20日。
見た目のイメージどおり、藤和は冬生まれだった。
クリスマスに近いから、誕生日とクリスマス、一緒にお祝いされそうだね、と言ったら、不思議そうな顔をされたのを覚えている。
そうだ。
クリスマスと誕生日を一緒にして、わざわざ経費を削減する必要などないくらい、藤和のお家は裕福なのだった。

 

生徒会の教室で、ぼんやり壁を眺めながら考える。
藤和は私から、何を受け取ったら喜ぶだろうか。
私の寂しい財産で、購入できるものなどタカが知れている。
しかも、藤和は幼い頃から何不自由なく育ってきた大富豪の息子だ。
今更、欲しいものなど残っているだろうか。

 

窓の外で、今年の最後の足掻きとばかりに、セミが声を張り上げている。
誰も居ない生徒会室は、ひっそりと薄暗く、ぶ厚い壁が外の熱を遮断し、ひんやりと冷たい。
ファイルを閉じ、私は伸びをした。
夏休みが終わると、9月の頭に体育祭がある。
役員とスケジュールの管理、予算や物品の整理、体育祭実行委員の選出を前に、生徒会でやっておく事は山ほどある。

 

無意識に、溜息が出た。
閉じたファイルを何気なくパラパラとめくり、もう一度溜息をついた。

 


藤和のすねた顔が、ふっと脳裏をよぎった。

 

夏休みの中盤、携帯電話を見下ろして、暫く考えていた事があった。
言いそびれていた、私の誕生日を、藤和に教えるか否か。
多分、藤和は私の誕生日を知らないだろう。
言えば大袈裟な事をするだろう。
けれど言わなければ、きっと不機嫌になるだろう。

胸の前で腕を組んで、暫くの間悩んだ。
そう言えば私、どうやって誕生日の話題を切り出すんだ?
考えた所で、電話をかけるのを止めた。

どうしても自然にその話題に結びつける自信が無かった。
それに、どうせいつものように、大それた事をするんじゃない、とか藤和に言ってしまうのが目に見えていた。
どちらにせよ不機嫌にさせるなら、言わないで不機嫌にさせた方が楽だ。

そう判断した。

 

新学期、藤和は思ったとおりの言葉を口にして、予想通りの不機嫌顔で私を睨みつけた。
それでも何故か、私は藤和の何も、理解できていない。
常識を超えた藤和の性格も、私のキャパシティの狭さも、今更なのだけど。

 

無意識に、溜息がでる。

 

どうしていつも、余計な言葉から先に出て行くんだろう。
言いたい事は、他にあるはずなのに。


ガラリと生徒会室の扉が開く。
生徒会長のデスクについた藤和は、無表情で私を手招きした。

「おいで」

まるで猫か犬でも呼ぶような仕草に、私は眉間にしわを寄せて立ち上がる。
それでも逆らえないのは、やはり本能的な何かで、私はこの人を主人と認めているからなのだろうか。
全く不本意ではあるけれど。

「お手」
「殴りますよ」

藤和が右手を差し出して言った。
右の拳を固めて、私が返す。
藤和は構わず私の左手を引っ張った。
抵抗する間も無く、薬指に指輪が差し込まれた。

「・・・・な・・」

自分でも、間抜けなほど慌てたのがわかった。
そんな私を見上げて、にこーっと藤和が満足そうに笑う。

「買ってきた」

買ってくんな、高校生がこんなモン!!
しかもブランドモンだろこれ、高いんだろ、つーかあんた、いくらお金もってんの!?
学校抜け出して、どこ行ったかと思いきや、これかよ!!

「・・・・・紅音ちゃん、大丈夫?」

今にも目を回しそうな私に気がついたのか、藤和が私の顔を覗き込んでくる。
私は咄嗟に手を振り払って、左の薬指から指輪を抜き取った。
あっと声を上げて藤和が身を乗り出す。
右手の指に指輪を通して、私はにっこり笑った。

「どうも有り難う」
「・・・・・どう致しまして」

少し納得のいかない顔で笑って、藤和が椅子に座りなおす。
それから藤和は私と同じように、自分の指輪も位置を変えて、空になった左手を上に掲げてひらひら揺らした。
色の白い藤和の指が、薄暗い室内にぼんやり浮かんで見える。

「ま、いいか」

数秒、自分の左手と私の左手を交互に眺めて、藤和がにっこり笑う。
その間の思考は、どうせ私のキャパシティを超えているのだろう。
だから聞かないでおく。

 


新学期、藤和は思ったとおりの言葉を口にして、予想通りの不機嫌顔で私を睨みつけた。
それでも何故か、私は藤和の何も、理解できていない。

どうせ、理解できやしない。

 

 


それでもまぁ、いいや。

 

 


そして私は、目の前で子供のように笑う藤和を見下ろして、自然と笑顔になっていた自分に気付く。

 

 

 

<了>